一区切り

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まだ具体的なヴィジョンは見えていないですが、いままでの房総オルタナティブライフは一区切りなのでしょう。次のステージに向かうタイミングなんだと思います。

とのこと。

 ここ数年、小屋暮らしブログやアーリーリタイアブログをいくつか定期的に読んでいる。
 「普通に生きる」「普通の人間になる」という呪縛に囚われている人が自分も含めとても多いのではないか?という問題意識がある。この呪縛は結構人を狂わせる。
 「普通の人生」という概念を口にする人を見ると、「健康のためなら死んでもいい」というフレーズを思い出す。
 「普通の人間になれるんだったら死んでもいい!」これ、ギャグとかではなくて、切実にこういうことを思いつめる人って確実にいる。
 息をするように「普通」でいられるってことはものすごい能力であり、それができる人はその能力を自覚し大事にしてください。

両方言えない事情が何かあるんだろうか

 この手の物言いで昔から不思議に思うことがある。
 上で引用したツイートに合わせて言うなら、だったら「安倍政権にも言いたい事」と「野党批判」両方言えばいいだけのことなのにどうして「野党批判」しか言わないのだろう?何かそうしたい事情・そうしなければいけない事情でもあるんだろうか??
 政権がとか野党がとかの話以外にも、この手の物言い関しては以前から素朴に疑問に思っている。

日経新聞『アベノミクス、「成長重視」弱まる 分配に軸足』


「日本なんてどうなったっていいんだっ!」なんでしょうか。

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『国民年金から「脱退する自由」を認めて欲しい』







 10年くらい前の意識高いライフハックブログの人たちが「(中学公民の内容すら踏まえない)ぼくのかんがえたさいきょうのしゃかいほしょう」を得意気に発表なさっていたけど、そのまま学習も成長もしないとこうなるのかなという典型的なサンプル。